12月13日(土)は、10:30~18:00、明治大学での陰宅風水のシンポジウムに行きました。
民俗学、風水研究で有名な渡邊欣雄先生(東京都立大学・首都大学東京教授)が「墓地風水概説」について最初に登場。 地気(生気と煞気の区別あり)が、祖先の「骨」(人気の凝気)を通じて、親、子、子孫へと感応していくのが、陰宅風水の思想であることをわかりやすく解説されました。
宮崎順子先生(関西大学非常勤講師)は、「伝郭璞『葬書』の成立と変容」を発表。さまざまな版本と文献から、"葬書は南宋初めに書かれた書"であると考証されました。
水口拓寿先生(東京大学大学院人文社会系研究科助教授)は、とても興味深い発表をされておりました。 「墓のうらに廻ればー2つの風水文献が語る祖先と子孫の「共生」関係ー」
道徳と無関係な技術としての墓地風水。遺骨を単なるアンテナとしての扱にまでモノ化してしまった。そして、「地理」の技術の暴走の結果、祖先に対しての不孝を働くことを、思想・論理によって抑えることを提唱した道学の役割。 つまり、道徳とは無関係な技術を牽制するために、「地理に干渉する天理」の言説を外側に装着した。その言説とは、天と人が、気の感応によって結ばれるという型の天人相観論に基づくものであり、人の積徳や積悪に対する応報として、天が風水技術の発効を最終的に承認したり、拒否したりする。 これにより、墓地風水のシステムは、「墓中の遺骨と生者たる子孫の間に起こる感応によって、気の作用が子孫に及ぶ、機械的な媒介システム」と「墓中にあっても情の働きを失わない祖先が、この機械的メカニズムのスウィッチを操作(ON/OFF)すること」という二層構造に拡張された。 結論として、墓地風水="道徳とは無関係な技術"の暴走によって起こる、不道徳な行為(殊に祖先に対する不孝行為)を食い止める安全装置として、①「天」の思想、②「気」と「心」の思想、を外側から装着した。 墓地風水の技術が暴走すれば、極端な話、生前どれだけ親を虐待していても、父母をいい墓地に埋めることで(ひどい場合は殺害して埋めても)子孫が栄えるからいいんだという思想になる。道徳のあるなし=親に対する「孝」のあるなしと考えていい。「道学」を加味した風水思想が登場することになる。 それ以外にも、思想家(考える人)と術家(手を動かす人)の違い、知識人と文字の読めない人を繋ぐものが術であった・・・などの発表はとても面白くて、興味深く拝聴させていただきました。
そして、来村多加史先生(奈良文化女子短期大学教授)の、「飛鳥の陵墓に見る風水思想」の話もとても勉強になりました。御著書『風水と天皇陵』を入手しているにもかかわらず、きちんと読めておらず反省。 中国で風水の要素(来龍・砂・水法・案山・大張・朝山など)が揃った後(5世紀後半)に、日本の五條猫塚古墳ができているなど、飛鳥陵墓の風水について解説されました。
他に発表された先生、コメンテーターの先生方々を含め六名いて、とても充実した研究発表でした。 生きている間に、いろいろ学習していくことは楽しいことです。
人を知り、また社会を知る。 個人を見て、術を行う。 善悪の区別を知り、徳を積む。
どこまでも、どこまでも、好奇心はついていきます。
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